「龍……」
そんな風に思ってくれていたの?
初めて聞かされた龍の本心に、感動した。
龍が私たちのことを大切に想ってくれていることは知っている。でも、改めて気持ちを聞くと、心にじんとくるものがあった。
こんな状況なのに、私の心は龍の想いに満たされ、温かくなっていく。
ところが、男はその龍の態度が気に食わないのか、悔しそうに顔を歪め歯を食いしばっている。
ギリギリと歯の摩擦音が聞こえてくる程に。 どれだけ力込めてるのよ! と私は男を凝視する。 男は突然、苦しそうに呻き出したかと思うと叫んだ。「そうかよっ! ……なら、この女のためなら、なんでもするんだな?
おい、おまえら!」男が合図すると、一斉に他の男たちは龍を取り囲んでいく。
あっという間に龍は男たちに包囲されてしまった。「ちょっ、何すんのよ! 大勢でなんて卑怯よ!
それに人質まで取って。 そんなことまでしないと勝てないの!」私は縄を解けないかと、体をうねらせながら手足をばたつかせる。
しかし、しっかりと固定されている縄はいっこうに解ける様子はなかった。喚き散らす私に向かって、男が怒鳴る。
「おまえに、何がわかるっ!
俺はなあ、俺は……龍さんに、憧れてたんだ!」「はあ?」思いもしなかった言葉に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。
一体どういうこと?
皆の視線が今度は男に集中した。
男はふっと微笑むと、静かに語り出す。
「俺は昔、最強の龍に憧れ、暴走族に入った。
そしたら、いつの間にか龍は族抜けし、ヤクザになってるって言うじゃねえか。 んで、俺も龍を追い、ヤクザの道へ足を踏み入れた。 そしたら今度は、おまえみたいな小娘に龍はうつつを抜かしてるじゃねえか! 俺は、こ龍が愛おしそうな眼差しを向けてくる。 瞳が重なると、また鼓動がドキドキとうるさく鳴り始めた。 どうしよう、なんだかすごく恥ずかしい。 見つめられたくらいで“ときめく”なんて……重症だわ。 私は気を紛らわせるため、先ほど気になったことを聞いてみることにした。「あの……さ。こんな時になんだけど。 龍って彼女とかいるの?」 突然そんなことを聞かれ驚いたのか、龍は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。 私は恥ずかしくて龍の目を見ることができずにいた。 「いえ、私に恋人はおりません。お嬢が一番わかっているでしょう? 四六時中あなたの傍にいて、どうやって作れると思いますか?」 はっきりとそう答える龍にほっとしつつ、次の質問を投げかけてみる。「そ、そうだよねっ。じゃ、じゃあ……好きな人とかは?」 その質問を聞いた途端、龍の顔から笑顔が消え黙り込んでしまった。 ん? 沈黙……いるってこと? 不安になった私はそっと龍の顔を見た。 真剣な眼差しの龍と目が合う。「お嬢は、ヘンリーですよね?」 なぜか聞き返されてしまった。 もしかして話を逸らされた? 龍の真剣さに押され、私が答えるはめになる。 「う、ん。ヘンリーだと思ってたんだけどね……」 なんだか言いにくいなあ、と声はだんだん弱まっていく。 そんな私を龍は訝しげな表情で見つめてくる。 「思ってた?」「うん……どうやら勘違いだったみたい。 私の過去生の記憶や気持ちとごちゃごちゃになってて、わからなかったの。 前世でヘンリーと私、恋人同士でさ。 そのときの気持ちが流れ込んできて、今の自分の気持ちと勘違いしちゃってたみ
「龍! 龍、気づいたの?」 龍にしがみつき、至近距離から見つめる。 瞳がゆっくりと開いていき、彼の瞳が私を捉える。 力のない瞼を何度かゆっくりと開閉させた後、龍は柔らかく微笑んだ。「お嬢……」 久しぶりに聞く龍の声は、かすれていた。 感情を抑えることができず、私は瞳に涙をいっぱい溜めたまま龍におもいきり抱きついた。「よかったあ、無事で……龍っ」 力を込めぎゅっと抱きしめると、お互いの体は隙間なく密着する。 すると、龍は激しく動揺し狼狽えはじめる。「あ、あの、お嬢」「龍、私、私……」 溢れる想いを言葉に出しかけた、そのとき、「うおっほん!」 突然、祖父の咳払いが病室に響いた。「っおじいちゃん!」 少し離れた場所で居心地悪そうに佇む祖父は、あきれた表情をこちらに向けている。 そういえば、おじいちゃんと一緒だったんだ。と私は今更ながら気づいた。 すっかり存在を忘れていた。 龍が目覚めたことが嬉しくて、脳内から他のことはどこかへ消え去った。 気まずい視線を祖父へ送る。 隣にいる龍も、どこか恥ずかしそうにたどたどしい視線を向けていた。 祖父はゆっくりとした足取りで、私たちへ近づいてくる。 そして目の前で立ち止まると、祖父は龍をまっすぐ見つめた。「よく生きていてくれたな、龍。 ありがとう、流華を守ってくれて」 深く頭を下げる祖父を前に、龍が慌てふためく。「やめてください! 当たり前のことをしたまでです。私はお嬢を守るためなら」 と龍が言いかけたところで、私が横やりを入れる。「いや、死んだらもう守れないじゃない! ……傍にいられないじゃん。 これからもずっと傍で守ってくれるんでしょ? もう絶対危ないことしないで
病院へ到着すると、龍はそのまま手術室へと運ばれていく。 私はなす術もなく、ただ茫然と扉を見つめ続けていた。 何も考えられず、ただそこに立ち尽くしている私のもとに祖父がやってきた。 血相を変え慌てた様子の祖父は、私を見つけると安堵した表情になる。「流華! よかったっ、無事で」 祖父は私を強く抱きしめた。「おじいちゃん……龍が、龍がっ」 震える体で、すがりつくように祖父にしがみつく。「うん、わかっとる。大丈夫、わしがついとるからな」 そう言うと、祖父は私の頭を優しく撫でてくれた。 一人恐怖と闘っていた私は、祖父の温もりと優しさを感じ、肩の力が抜けていくのを感じた。「何、心配いらん。龍はわしが知っとる奴の中でも一番頑丈じゃ。 こんなことくらいで、死なない」 そう言う祖父の声音は、いつもと違って緊張感の漂うもので。 それが私の不安を増長させた。 それから、一体どれくらいの時間が経ったのか。 時間がいつもより遅く、永遠のように感じられた。 手術室のドアが開き、中からたった今手術を終えたばかりの医師が姿を現した。「先生! 龍は?」 私が掴みかかると、医師は困った表情を見せる。「これ、流華」 祖父が私を優しく引き剥がすと、医師は私に微笑みかけ、静かに告げた。「大丈夫……彼は、助かりましたよ。 いやあ、驚きました。彼の生命力の強さには。普通の人間なら、まず助からなかったでしょう」 その言葉にほっとした私は、足の力が抜け廊下に座り込んでしまう。 あとのことはあまり覚えていない。 安堵感からか、頭が真っ白になって何も考えられなかった。 祖父が医師と何やら話したあと、私を支えながらどこかへ連れて行ってくれたのだけは覚えている。 「こちらです」 看護師が案内した部屋に入ると、ベッドに横たわ
「龍っ! 龍っ!! いやっ、どうして!」 今の状況を理解することができない。 混乱しながら、ただ必死に龍の名前を張り叫んだ。 目の前の男も先ほどの余裕はどこへやら、放心状態のようにぽかんとした表情で倒れた龍を見つめている。「え? どうして、龍が……」 発砲した人物は、龍を撃ったあとすぐに正体をくらました。 遠くの方で人影が去っていくのが見える。 その身のこなしから、その筋の人間の仕業だとすぐに理解した。 男たちは戸惑い、動揺した様子で辺りをうろついている。 誰もこの状況を把握している者はいないようだ。「ねえ、解いて! 縄解いて!!」 私が叫ぶと、呆然としていた男は素直に頷いた。「あ、ああ」 緊張からか男の手が震え、なかなか縄が解けていかない。 私はもどかしくて、身悶える。 縄が解かれると、龍のもとへ全速力で駆けていく。「龍っ!」 龍の傍らで膝をつき、弱々しく息をするその体をそっと支えた。「龍、龍! しっかりして!」 私の声に反応した龍の目がわずかに開いた。「お、お嬢……」 弱々しい龍の姿に、私は眉をひそめながら彼の状態を確認していく。 大丈夫、まだ意識がある。 それに致命傷にはなってない、と思う。心臓から少し離れた場所を打たれている。 血は出ているけど、これぐらいなら大丈夫……。って私にはわからないけど。 無事だと思いたいじゃない! 私はポケットの中にあるスマホの存在を思い出し、手を伸ばした。 触れた感触にほっとする。 幸運なことに、これは奴らに発見されずに済んだようだ。 震える手で操作し、救急車を呼ぶ。 ふと私は辺りを見回した。 いつの間にか、先ほどの男たちの姿は忽然と消えていた。 あの男も、他の連中も全員&hell
「龍……」 そんな風に思ってくれていたの? 初めて聞かされた龍の本心に、感動した。 龍が私たちのことを大切に想ってくれていることは知っている。 でも、改めて気持ちを聞くと、心にじんとくるものがあった。 こんな状況なのに、私の心は龍の想いに満たされ、温かくなっていく。 ところが、男はその龍の態度が気に食わないのか、悔しそうに顔を歪め歯を食いしばっている。 ギリギリと歯の摩擦音が聞こえてくる程に。 どれだけ力込めてるのよ! と私は男を凝視する。 男は突然、苦しそうに呻き出したかと思うと叫んだ。「そうかよっ! ……なら、この女のためなら、なんでもするんだな? おい、おまえら!」 男が合図すると、一斉に他の男たちは龍を取り囲んでいく。 あっという間に龍は男たちに包囲されてしまった。「ちょっ、何すんのよ! 大勢でなんて卑怯よ! それに人質まで取って。 そんなことまでしないと勝てないの!」 私は縄を解けないかと、体をうねらせながら手足をばたつかせる。 しかし、しっかりと固定されている縄はいっこうに解ける様子はなかった。 喚き散らす私に向かって、男が怒鳴る。「おまえに、何がわかるっ! 俺はなあ、俺は……龍さんに、憧れてたんだ!」「はあ?」 思いもしなかった言葉に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。 一体どういうこと? 皆の視線が今度は男に集中した。 男はふっと微笑むと、静かに語り出す。「俺は昔、最強の龍に憧れ、暴走族に入った。 そしたら、いつの間にか龍は族抜けし、ヤクザになってるって言うじゃねえか。 んで、俺も龍を追い、ヤクザの道へ足を踏み入れた。 そしたら今度は、おまえみたいな小娘に龍はうつつを抜かしてるじゃねえか! 俺は、こ
「その方に触れるな!」 大きく響きわたる怒号。 この声は……。 私は声のした方へ視線を向ける。 それと同時に、男たちの視線も集中する。 入口付近に立っている人物に、目が釘付けになった。 龍だ! 少し遠い場所にいるので、はっきりとした表情は見えなかった。 しかし、あれは龍だ。 私が彼を見間違えるはずがない。 たった今走ってきたのか、龍の肩は激しく上下に揺れている。 その鋭い眼差しは、こちらへ向けられているようだった。 私の傍に立つ男が、大きな声で龍に向かって吠える。「ほう、早かったじゃねえか! 如月組の若頭……神谷龍之介!!」 龍に向かって力の限り叫んだ。「龍っ!」「お嬢!」 龍が私の方へ向かって駆け出した。 私まであと五、六メートルという場所に龍がやってくると、男が声をかける。「おおっと、それ以上近づくなよ。お嬢の顔を傷つけたくなかったらな」 男は私の頬にナイフを向ける。 龍はピタリと足を止めた。 男をぎろりと睨みつけた龍が、静かに問いかける。「何が、目的だ? こんなことをして……おまえらの組長は知っているのか」「組は関係ねえ。これは俺個人の問題だ」 男はニヤッと笑うと、私の頬にナイフの側面を何度か軽く当てて見せた。 きっと龍への牽制のつもりだろう。 ナイフの冷たい刃が皮膚に当たり、不快に感じた私は眉を寄せ男を睨みつける。「貴様っ……」 龍は拳をギュッと握りしめ、湧き出てくる怒りを懸命に抑え込んでいるようだった。 彼の目は、狼のように鋭く鈍い光を放ち、相手を捉えている。 その目に睨まれると、誰もが恐れ体がすくむ……という噂を耳にしたことがあった